―FAKE after story―


時刻はA.M 5:00、俺は店長の運転する車の中にいた。
「悪いね。せっかくの休みに手伝ってもらっちゃって」
「いえ、どうせ祐美も参加するんですし、俺一人家にいても家事すらろくに出来ないですから」
「そう言ってもらうと助かるよ」
「ところで店長は悠離ちゃんは連れてこないんですか?」
「ははは、流石にそれは晶が許してくれないからね」
店長は苦笑いしながら答えた。
「にしても裕美ちゃんが参加するなんて意外だね」
「正直俺も驚いてるんですけど…礼さんの影響が強いんですかね」
礼さんと祐美は親友同士。 高校のときでも俺以外とはあまり話しをするタイプではなくクールと言うか…そっけないと言うか、まあ祭り事は余り好きな方ではなかった。 でもMilkyでバイトを始めてからは感情を前に出すようになったと思う。 他の人には分からないかもしれないけど長年付き合ってる俺にはその変化がよく分かる。 コスプレをはじめるとは思わなかったけど。まあ、そもそも俺が祐美のコスプレ姿を見てみたいと言ったのが発端なんだけどね…
「…で祐樹君はコスプレするなら何がいい?」
「……はい?」
「もし、するならだよ。これから行く所はそういうところだから……。
例えば騎士か神父かどっち?」
「そうですね…俺は騎士なんてたくましいタイプなんて似合いませんから言葉で導いていく神父の方がいいですね」
「わかった。……っと」
店長は徐に携帯を取り出しどこかへ掛け出した。
「おーい、倫。神父でよろしく。体型はあの頃と変わってないよ……俺の目を信じろ……おう……じゃあな」
「あの、店長?」
大体予想は付くが一応訊いてみた。
「"もし”じゃなかったんですか?」
「ああ、今まさに"もし”の状況だよ」
(……やっぱり。まあ郷に入っては郷に従えって言葉もあるし…)
笑ってる店長と半ば諦めに近い覚悟を決めた俺を乗せた車は早朝の道を快調に飛ばしていく。


A.M8:00…
「礼さん…そろそろ…」
「わかった。ちょっと玄関で待ってて」
休日の朝、どたどたと慌しい音が響いている。 今日はイベント日。 年に2回の大きなイベントのうちの一つ"冬の陣”である。 初めて参加することもあり前日から娘を連れて礼さんの家に泊まった。 礼の返事を聞いた祐美は朝餉の片付けにひと段落をつけ玄関に向かった。
「お待たせ〜♪」
10分ほど経って礼さんが降りてきた。
「礼さん…その格好…外、寒いよ?」
「大丈夫、大丈夫。今年は暖冬って言ってたし。魔法の力で暖かいんだから!」
テリルの衣装にコートを羽織っただけの礼さん。 この時期にその格好はすぐにでも風邪をひきそうである。
「あれ?沙羅ちゃんは?」
「ヨグと遊んでる…。……沙羅、行くよ」
「はーい。…あっ、てりるだ♪」
返事とともに応接間から沙羅がヨグを抱いて出てきた。
「沙羅ちゃん、お待たせ♪ヨグと遊んでてくれたんだね。ありがと♪」
なでなで…
「えへへ…」
「それじゃ、そろそろ行こっか。ヨグ〜、お留守番お願いね」
にゃ〜というヨグの返事に見送られ3人は出発した。


A.M8:30…
会場行きの電車のプラットホームはお客で溢れかえっていた。
「あちゃー。やっぱり混んでるね。乗れるかな?」
「沙羅、はぐれちゃわないように……もっとこっち」
「うん、ママ」
何気ないやり取り。だが…
(この魔力…ネクロノミコン。…教団の者か?)
赤い全身コートに身を包んだ女性はそこを注視していた。正確に言えばその親子が持っているバッグを見ていた。
「うっ、何だか寒気がする〜」
「風邪ひいた?」
「ううん。この感じマネージャーに睨まれてる様だよ〜」
「そんなに怖いの?」
「怖いなんてもんじゃないよ〜。あれは鬼だね。鬼」
「…後ろ」
「えっ?あわわ、こ、これは、そのっ…てあれ?」
「クスクス、冗談」
「ちょ、ちょっと〜。酷いよ〜」
「二番線に列車が参ります。黄色い線の内側まで…」
到着した電車に人々はなだれ込んでいく。3人も席に座るために急いで入っていった。
(本を追っていけばまたあのお方に逢えるかも知れない)
そう思った赤いコートの女性は同じ電車に乗っていった。


A.M10:00…
「実際に来てみると凄いですね」
「ははは、もう結構な回数になるけど未だに驚くことが多いね」
冬だというのに露出度の高い服を着ている女。 可愛いキャラクターがプリントされた半そでを着ている男。 やたらと汗をかいて団扇で扇いでいる男…
…異国の地に来ている感じだ。 耳に飛び込んでくる会話も何を話しているのかまったく分からない。
「やっほ〜♪店長〜」
「お、礼ちゃん、いらっしゃい」
段ボールの中から追加の新刊を取り出していると礼がやって来た。
「神父さんも、売り子さんご苦労様です♪」
「礼さん、俺ですよ」
「えっ?祐樹君?…へぇ〜、祐樹君、よく似合ってるよ♪」
「ありがとう。ところで祐美は一緒じゃないんですか?」
「ああ、祐美ちゃんなら今変身中だよ♪私はこの格好にコート羽織ってきただけだから」
「寒くないんですか?」
「えっ?大丈夫だよ〜♪魔法の力で暖かいんだから!」
ねこのみかんを誇らしげに見せてきた。
「…あれ?いつもと違うような…礼さん、本変えたんですか?」
「そんな事ないよ。いつもの…あっ!」
礼は慌てて本を数ページめくった。
「いっけなーい。これDVDボックスについてた初回特典の本だったよ。何だか急に寒くってきた気が…」
「ははは(^^;じゃあ今日はねこのみかんを持ってきてないんですね」
「ううん。これは祐美ちゃん用に持ってきた物だから…祐美ちゃんが持ってると思う」
「祐美もテリルのコスプレなんですか?」
「それは見てからのお楽しみだよ♪あっ、来たみたい。こっち、こっち♪」
50m先に白装束の女性と黒装束の女の子が見える。どちらも髪の色と服の色が良く合っている。身に着けている数種類の装飾品も神秘的な雰囲気をより引き出していた。
「礼さん、本間違えてる。…はい」
「ありがと〜♪祐美ちゃん。わぁ〜、沙羅ちゃんもよく似合ってるよ♪」
そう言いながら礼は祐美と沙羅に抱きついていた。
「…ん、お兄ちゃん?何してるの?」
「店長の手伝いをしてるんだよ。それにしてもよく俺だって分かったな」
「それは…お兄ちゃんだもん。当たり前だよ」
祐美は恥ずかしげもなく堂々と言う。たまらなく祐美を抱きしめたくなったが健治たちがいる手前もあり沙羅を撫でることで気を紛らわした。
「沙羅、よく似合ってるぞ」
「えへへ、ありがとう」
「店番ご苦労さん。祐美ちゃんも沙羅ちゃんも祐樹君もよー似合っとるで」
ちょうどその時倫が一人の男の子を連れてやってきた。
「あっ先生、おはようございます。その子、どうしたんですか?」
「この子はウチの知り合いの子や。ちいっとばかし預かることになってな。えーっと…」
「はじめまして、橘 優吾です」
ぺこりとお辞儀をした。
「倫、名前くらい覚えとけよ。・・・それより急にどうした?」
「友達が急用入って3時間くらい仕事行ってくる言うたから預かることにしたんよ。 沙羅ちゃんも一人で暇かなと思って…あかんかった?」
倫はばつが悪そうに祐樹たちを見た。
「別に構いませんよ。沙羅にもこんなにカッコいい友達が出来ていいですし。な?」
「うん、はじめましてゆうごくん。さらっていいます。よろしくね」
その挨拶に優吾はスッと手を差し出し、沙羅もそれに応える。子供らしいその満面の笑みを浮かべたその光景は非常に微笑ましかった。
「さて、そろそろ本格的にお客さんも来るから巻き込まれる前に祐美ちゃんたちは色々まわってくるといいよ」
「う〜ん、わたしもパパたちのおてつだいするよ〜♪われほうしするはてんいのちから〜♪」
本を構えてまるでテリルのように振舞う沙羅。 何か詠唱が微妙に違うような…
「はは、ありがとう沙羅ちゃん。気持ちだけでうれしいよ。あとテリルは我、行使するは天威の力〜じゃないのかい?」
やはり詠唱が違ったらしい。 でも沙羅のほうは自信満々という感じだ。
「ちがうよ〜。だってこっちのてりるはそういってるよ。ほら」
誇らしげに見せてきた本は・・・・・・
「い゛!!!」
ここで売っている同人誌だった。 ロリ&メイドものだ。 可愛らしさを出すためなのか表紙では漢字を一切使用せずにすべて平仮名で書かれていた。
「ななな何でそんなものを沙羅は持っているんだ?」
「えとね、りんおねえちゃんがママにってくれたの。それでてりるがかいてあったからママにかしてもらったの」
「ゆ、祐美!子供に見せるものじゃないだろう」
「あはは、今時それはナンセンスだよ。祐樹君も心配性なんだね」
「ナンセンスってそれが普通なんです!!礼さん」
「ごめん、お兄ちゃん。表紙を見せるだけだったから・・・・・・・」
しゅんと落ち込んだ表情をする祐美。それを見て祐樹はすぐに優しく諭し直した。
「ま、まあ、表紙だけなら大丈夫だよな。中見せないようにな」
分かったと笑顔に戻る祐美。
(俺も甘いかな?でも落ち込んだ表情を見たいわけじゃないし、祐美は笑顔のほうが断然似合うし…いいか)
「じゃあ、私が魔法を見せてあげるからよく見てるんだよ沙羅ちゃん」
そう言って礼はスペースが開いているところに手を向けて詠唱しだした。
「漆黒より来たる偉大なる王、彼の盟約によりその剣、爆炎の虎狼と化し、わが僕として姿を現さん………フェンリル!」
そのスペースの地面が割れ中から炎の塊が姿を現す。 そして一つの獣の姿の形を見せ徐々に炎が晴れていく。 現れたのはフェンリルと呼ばれる犬のような姿をした獣だ。 一般人が見るとどうしてもただの犬のようにしか見えないのだが礼曰く、『フェンリルは動物じゃない』らしい。
「わあ、可愛いワンちゃんだ〜♪」
優吾の感想は案の定犬として捉えた。 それに対して礼はやはりフェンリルは動物じゃないと言い張る。 それでも聞いていなかったように優吾はワンちゃん、ワンちゃんと連呼していた。
「ま、立ち話はその辺にしとき。ホンマに人がぎょーさん来るし、折角の初イベントやろ?テリル、いろいろ案内してやり」
「わっかりました〜♪それじゃ祐美ちゃん、沙羅ちゃん、優吾君、行こっか♪」
「ん…お兄ちゃん、行ってくる」
「パパ、いってきま〜す」
そう言って礼たちは歩いて行った。


――――――同じころ…会場入り口付近
(確か…こっちの方に)
先ほどの子供連れを追って赤いコートの女は会場まで来ていた。 正確に言えばネクロノミコンを追ってであるが… しかし、入り口のところで軽く足止めを食らっていた。 サークルチケットを持っていなかったためである。
(さて、どうしたもんか。下手に騒ぎは起こしたくないんだが…)
「あっれ〜、もしかして夜美先生じゃないですか?」
立ち往生している所に不意に後ろから声をかけられた。 振り向くとそこには見知らぬカップルがいた。
「覚えていませんか?私、保健委員だった…」
どうやらアルティシアの監視のために入っていた高校の生徒のようだ。
「先生もこういうところに来るんですね。ところでこんな入り口で何してるんですか?」
「ちょっと人を探しているんだけど中に入れなくてね…」
「一般の人は向こうに並ばなきゃダメですよ先生」
指差された先は長蛇の列。 中に入るのにどれくらい時間が掛かるのかまったく分からない。
「あなたたちは並ばなくていいの?もう随分な列になってるみたいだけど」
「私たちはサークルチケットを持ってますから先には入れるんです。って先生知らなかったんですか?」
「ええ、今回が初めてだから。でも困ったわね…」
「急ぎの用事ですか?確かにあの列を並ぶのは正直辛いですよね…あっ!」
何かを思いついたように元女子生徒は自分の鞄の中をごそごそと探した。
「あった、あった。そういえばチケット一つ余っていたんですよ。どうせ使わないと捨てちゃうだけですし、良かったら使ってください…」
「あら、いいの?悪いわね。何かお礼をしなくちゃいけないけど…」
「そんな、いいですよ。でも、もしよろしければ記念に写真撮ってくれませんか?」
「そのくらいお安い御用よ」
「やったー♪それじゃあ先生は銃もちゃんと構えてくださいね」
どうやら身に付けていたルージュ&ノワールを見つけたらしい。 銃を抜くことに些か躊躇ったが事を手早く済ませるため構えた。 いくよと言う掛け声とともに2,3回フラッシュがたかれた。 その瞬間、夜美は空気が変わるのを感じ取った。
(……また魔法を使ったのか?それに今度はひどく嫌な魔力を感じる)
「ありがとうございました……先生?あのぅ、写真は嫌いでしたか?」
隣に居た元女子生徒が心配そうな表情でこちらを見ていた。意識したつもりは無いが表情に出ていたらしい。
「ごめんなさい。そんなこと無いわ。ただこっちのほうが銃を構えるなら似合うんじゃないかって思ったの」
「そうだったんですか。…あっ、それじゃ私たちはそろそろ行きますね。先生もイベントを楽しんでいってくださいよ」
そう言ってカップルは会場の中に入っていった。
(こうも不用意に魔法を使うとは…急がないと厄介な事になりそうだ)
軽くため息をついてルージュ&ノワールをしまうと渡されたチケットを使って中に入っていった。


「写真一枚お願いします」
何度目の催促だろうか。もうかなりの人に言われた気がする。
ここに来て祐美は礼の凄さを改めて知った。 人気のことは勿論、どんな無理な注文でも多少のことなら嫌な顔一つせずそれに応え、断る所ははっきりと断る。 そんなはっきりとした自己主張を持っている礼を祐美は羨ましく、友達であることを誇らしく思った。
「祐美ちゃん、荷物ありがとう♪」
撮影にひと段落つけ礼が話しかけてきた。
「ん。…礼さんは凄いね。あまり疲れた様子じゃないし」
「あはは、もう慣れっこだからね。でも祐美ちゃんも凄いよ。初参加でその人気、やっぱ祐美ちゃんは可愛いね」
「それでも礼さんほどじゃないし、手際も悪いし…」
「そんなの初めてだからしょうがないよ。徐々に慣れていけばいいんだって」
「ん…がんばる。…沙羅、疲れてない?」
「ううん、だいじょうぶだよ」
礼ほどじゃないが沙羅のほうにも結構撮影の依頼が来ていた。 祐美自身はMilkyでのバイトでまだ慣れているが沙羅はそれがまったく無い。 しかし、沢木家の血なのか撮影そのものを凄く楽しんでいてとても積極的だから祐美は驚いていた。
「ところで優吾君は?」
「…さっきまでフェン君と一緒にそこに居たけど」
周りを見回すと少しはなれたところからフェンリルと一緒に袋に入った何かを持ってきていた。
「皆さんお疲れ様です。はい、倫さんからの差し入れです」
「わぁ〜ありがとう優吾君、フェン君」
中から取り出されたのはホットの飲み物。この時期ならではの限定ものが多々入っている。
「はい、沙羅ちゃん。熱いから気をつけてね」
「ありがとう、ゆうごくん……あっ」
「!!沙羅っ!」
沙羅にとってはかなり熱く缶を落としてしまった。 しかも優吾が沙羅に気を利かせて飲み口を開けていたので見事にこぼれたのである。 幸い沙羅にはかかることなく火傷はしなかったようだ。 だが…
「熱ぅ…あ〜!!おいおい嬢ちゃんどうしてくれるんだよ」
近くに並んでいた男にかかってしまった。 不幸にも男の持っている荷物にもかかってしまいかなり腹を立てている様子だ。
「すみません。怪我はありませんか?」
「すみませんだぁ?!!そんなんじゃすまねぇんだよ!!」
「本当にすみません。荷物のほうはこちらで弁償いたしますので」
礼も一緒になって頭を下げる。 だが男はまったく聞く耳を持たない。
「もうどこにも売ってない代物なんだよ!!ったく。ん…あんたテリルだな?じゃあ魔法でどうにかしろよ!!」
「そんな元に戻す魔法なんて……」
「じゃあ、その本貸せ!俺が呪文を探してやる」
男は礼から無理やりネクロノミコンを取ると乱暴にページをめくっていく。
「おいおい、あったじゃねーか。……我は求め訴える。漆黒より来る偉大なる力、その力、我が魂を介し、再構築させん…」
呪文の詠唱が終わると男の回りに魔方陣らしきもの組まれていく。 今まで雲ひとつ無かったはずなのに暗雲が立ち込めてきている。
エネルギーが男の回りに集まっていき…
キィィィィン
甲高い音と共にカッと鋭い閃光を放った。 一瞬の眩しさに周りのものたちは目を隠した。 徐々に光は晴れていき中から先ほどの男が浮かび上がってくる。 だが先ほどの男とは何かが違う気がする。 体には変な紋章が浮び上がり目の色も赤く変化している。 放たれている異様な威圧感は蛇の如く周りのものに巻きつき誰一人として声を発することが出来なかった。
「ククク、こうも簡単に来られるとは。しかし干渉をまったく感じられなかったがまさかな…」
男がなにやらぶつぶつと呟いている。
「あのぅ…そろそろその本返していただけませんか?」
呪縛が解けた礼はまだ怒らせているものと思い慎重な姿勢で声をかけた。
「ん…何だ貴様は?」
「何だって私のことは知っていたんじゃないんですか?…あなた何者?」
「我が名はバエル。東を治める者、貴様らの世界で言う魔王の一人だ」
「じゃ、じゃあバエルさん、その本を返して早く自分の世界に帰られては如何ですか?」
「ふん、貴様に如何こう言う権利は無い。彼の契約を遂行しに来ただけだ。それに幾百年ぶりの人間界なのだからもっと楽しませてもらわぬと」
「あまりこっちの世界に居ると私を守護する者たち手によってあなたを数万に及ぶ苦痛と数万年に及ぶ束縛が待っていますよ」
悪魔と交渉する際は手順がある。 まず自分がひたすら下手に出て機嫌を伺う事、次に出てきた悪魔を強大なもので脅しをかけて自分に従わせるという。 礼は自分の知識にあわせマニュアル通りに事を解決しようと試みたのだ。 だが、それはあくまで脅しの効くレベルの相手、若しくは自分が脅しを効かせられるほどの強さの持ち主であることが前提となる。
「ハハハ、面白い。木偶の守護者の力が如何程のものか試そうではないか。我は魔王と呼ばれるもの。その程度のことは臆せぬ」
バエルの踏み込みと共に周りに気の渦が走る。魂の芯から凍えるような感覚、周囲の気温が一段と下がったように感じさせる力がそこにあった。
「お客様方…会場内でのトラブルは…」
ちょっとした騒ぎと人だかりが出来ていたため混対スタッフがバエルと祐美たちを取り締まろうとする。しかし、バエルの腕の一振りでほとんどの混対スタッフは弾き飛ばされてしまった。
「木偶とは脆いな…さて、契約の代償を払ってもらわねば。ここには上質な贄が居ることだしな」
その視線は祐美と礼、そして沙羅に向かっていた。 そしてじりじりと祐美たちのほうへ歩を進めていく。
「やれやれ、困ったもんだね。本を返せよ」
そう言いつつ男がバエルの腕を掴んでいる。 健治だ。騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。
「何だ、木偶風情が何の用だ?」
「聞こえなかったのか?本を返してやれと言ったんだ」
台詞と同時にバエルの鳩尾めがけて健治の正拳が飛ぶ。
ドガッと確実に入った音が聞こえた。
「悪いな。でもあばらは逝ってないから安心しな」
「なるほど。言うだけの事はあるな…だが所詮は木偶での話。我にこんなものは通用しない」
まったく効いた様子の無い。 健治はバックステップで間合いを取り直した。
「そうかい。なら次は容赦しねえ」
鋭い踏み込みと共に拳が繰り出される。 その動きは閃光のように早く常人にはまったく見えない。 だがバエルは片手でいとも簡単に繰り出される拳打を受け流していく。
「こんなものか木偶よ。もっと我を楽しませろ」
幾発目の拳打を受け流すと、バエルはカウンターでまわし蹴りを繰り出した。 健治はそれを紙一重のところでかわすが一呼吸遅れて繰り出された衝撃波まではかわしきれずにそのまま吹っ飛んだ。
「ぐっ…まだまだぁ!」
どうにか踏ん張ってダウンを避けると再びバエルに踏み込んでいく。 今度は一段目の攻撃だけでなく第2派もかわせるように大きめに回避しそのまま右大腿筋目掛けて鋭いローキックを繰り出した。 ドーンと鈍い音共にバエルが少し体制を崩した。その隙を見逃さず顔面に蹴りを叩き込む。
「これならどうだ。右足は破壊したぜ……なっ!?」
バエルは何事も無かったように立ち上がり自分の体に付いたほこりを払った。
「まともに食らえばこの媒体がもたぬか。少々甘く見すぎていたな…仕方が無い」
まるで折れた痛みを感じていないかのように変に曲がった右足で構えなおす。 徐々にバエルの周りに黒いエネルギーが集まりだし、幾つものコンクリートの破片が宙に浮き健治に襲い掛かってきた。
「甘いな。直線の動きで俺を捕らえることは出来ない」
健治は飛んでくるコンクリートの破片を叩き落し一気に踏み込んだ。
だが、落としたはずの無数のコンクリートが再び後ろから健治を襲う。
その殺気に気付きどうにか回避行動を取るがかわしてもまた同じコンクリートが襲ってくる。
その繰り返しに健治の体力が奪われていき、体勢を大きく崩してしまった。
そこを狙ったかのように頭部目掛けて尖ったコンクリートが襲ってきた。
避けきれない…そう覚悟した瞬間、黒い髪を靡かせながら女が横切り同時に飛んできたはずのコンクリートが粉々に砕けていた。
「厄介なことになってるじゃないか…」
片ひざを付いている健治の横に立っていたのは赤いコートの女、夜美だった。
「誰だか知らないが助かったぜ…」
「安心するのはまだ早いよ。あいつをどうにかしないことにはな」
「確かにそうだな。でもどうにかって、あいつは何だ?ダメージがまったく無いぞ」
「あれは魔王の意思と魔力が憑依している人間だ。人間のダメージなどまったく無に等しい」
「じゃあ、どうする?このままやられるのを待つのか?」
「ふっ、確かに魔王にダメージを与えられないかもしれない。だが、所詮は乗り移ってるだけの魂の存在。媒体となってる体を再起不能にしてしまえばどうにでもなるさ」
言い終わると同時にルージュ&ノワール構えると夜美は躊躇することなくバエルを撃った。
バエルの方は軽く鼻を鳴らし片手を翳して結界を創りだす。
カラン、カラン
弾は結界の前で無力化されそのまま地面に落ちていった。
「やはり、接近戦でなければ意味を成さないか…おい、そこの坊や、何をぼさっとしてるんだ?ボーっと突っ立ってるなら私のサポートに回れ!」
「あ、ああ。2対1って言うのが癪だけどこの際仕方ないな…いくぜ」
掛け声と共に夜美が弾を放つ。
それに対しバエルは再び結界を張り弾を無力化した。
「左ががら空きだぜ」
バエルが夜美の攻撃に気を取られている隙に健治は側面に回り込み今度は左の軸足目掛けてローキックを繰り出した。
だが、読まれていたのか難なく飛んでかわされてしまった。
「フン、無駄なことだな…」
「確かにこの距離ならその結界も無駄になるな」
「何?」
夜美の明らかに人間を凌駕したスピードによりバエルの反応は確実に遅れた。
「最近は銃よりもこっちのほうが得意でね」
空中で無防備なバエルに対しハイキックが飛ぶ。
ガードはされたがバエルの右手は嫌な音共に捻じれ、持っていたネクロノミコンが弾かれる。
更にそのまま地上へ落下してきたバエルを健治の正拳が捉え数メートル吹き飛ばした。
「これならやっただろう」
「いや、まださ…油断するな」
夜美の台詞通り、バエルは立ち上がってきた。 だが先ほどとは違い左右のバランスがうまく取れないためか少しよろけていた。
「おのれ、木偶どもが…調子に乗りおって」
空が再び暗転しそれと同時にバエルに黒いエネルギーが先ほどより強大に溜まっていく。
「凄い魔力だよ〜。こんなときにねこのみかんがあれば私も力になれるのに…あっ!」
先ほどの応酬で弾かれたネクロノミコンが誰かの足元に落ちていた。 そこに一番近いのは…
「優吾君、その本取って!!」
「あっ、はい。…えーい」
優吾は素早く拾うと礼の元へ走り寄ろうとした。
「何をこそこそと…させぬ」
「ゆうごくん、あぶない!!」
黒いエネルギーが優吾を襲う。だが優吾の前に沙羅が立ち、優吾を庇った。
「!!!沙羅っ!!!」
その時、沙羅の手がネクロノミコン触れた。
それと共に沙羅と優吾の周りを眩い光が包み込み黒いエネルギーはその光に包み込まれていった。
そして光の中に在るのは気絶している優吾と片手を翳して立っている沙羅だ。
「この魔力…貴様…終焉を司る者か?」
先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う沙羅。バエルはそこから放たれている独特のオーラに少なからず恐怖を覚えていた。
「クスクス、今の私は沢木沙羅…そんな名ではないわ」
つかつかとゆっくりと、そして確実にバエルに歩み寄っていく。
「やっと巡り合えた運命…もう逃すわけにはいかないわ」
「ククク、面白い。貴様を喰らって我が糧としようぞ」
バエルは少し後退し、無数のエネルギー弾を作り出すと歩み寄ってくる沙羅に放った。
それに対し沙羅は立ち止まることなくそのまま詠唱しだす。
「我、行使するは天威の力、その力、我が手を介し神の息吹とならん…ウインド・オブ・ディスペル」
沙羅の手から猛烈な風のエネルギーが飛び出し、放たれた全てのエネルギー弾を相打ち消す。
「クッ…もう一度だ」
「クスクス、無駄よ…汝を襲うは天の戒め、その戒め我が手を介し、束縛の蛇とならん…スネーク・オブ・バインド」
バエルがエネルギーを貯めるより早く沙羅の手から一筋の光が放たれた。 やがてそれは一匹の大蛇になり、バエルの体を締め上げそのまま体の中に消えていった。
「フン、そんなものが通用するとでも」
まったく効いた様子も無く溜まったと思われるエネルギーを放とうとした。
しかし、翳した手からは何も出ることは無い。
「…バカな、…我の力が…」
「チェックメイトね。…さて、どうするのかしら?私に従うか、無に還るか」
「魔力が使えずとも…」
魔法が無理だと判断するとバエルはそのまま肉弾戦を持ち込もうとするがその前のダメージが一気に跳ね返ってきたのかうまく歩けずに転んだ。
「クス、無駄な事よ。魔力の封じられた精神憑依体なんて生身の人間と変わらない。それでその傷じゃ人間としても機能してないわ」
沙羅はそのまま立ち上がれないバエルに近づき、手を翳す。
「もう一度聞くわ。私に従うか、無に還るか」
「…分かった、汝に仕えよう」
そう言うとバエルの体からヒトダマのようなものが出てきた。
「早速だけどバエル、私が望む者以外の者の時を少し止めなさい」
「御意……おぉぉぉぉぉ…時は止まる」
その瞬間、空が止まり、風が止まり、沙羅と夜美以外の生き物の動きが止まった。
「リリス様…お久しぶりです。ずっと貴方を探しておりました」
夜美は片膝を付いて深々と頭を下げた。
「ヴァル、私はもうリリスではない、一人の人間、沢木沙羅よ」
「しかし、私にとっては敬うべき存在、リリス様に代わりません」
「そう…でも貴方の目の前でリリスは死んだわ。貴方が何を望もうともうリリスは答えることが出来ない」
「ですが…」
「ヴァル、私は私が望む時を手にしようとしてる。それが今の私の信じた道であり意味だと思ってるわ。だから貴方も自分の選んだ運命を望んだ道を歩いていきなさい」
「ではリリス様、一つ質問が…。セリフィスには存在意義がありました。あの時、物語の終焉を見届けた私にはどんな意味があったと言うのですか?」
「それは私にも解らないわ。でもいずれ貴方の存在意義もわかるはず。そう遠くない未来の話よ」
「そうですか…解りました」
「随分と素直になったのね。それじゃ…バエル、お前が召喚される前の状態まで時間を戻しなさい…そして魔界に帰りなさい」
「御意…」
膨大なエネルギーがバエルの周りを包み込んでいく。
「ヴァル、貴方の生きている意味、早くと見つかるといいわね」
「勿体無いお言葉です。リリス様…お達者で」
一陣の激しい閃光と共に周りの砕けたコンクリートが元に戻り、人ごみも、人々の記憶も夜美以外全て沙羅が飲み物を落とす前の状態まで戻った。
その後、漂っていたバエルは一瞬の閃光と共に消えていった。
………


「はい、沙羅ちゃん。熱いから気をつけてね」
「ありがとう、ゆうごくん……きゃっ」
優吾から渡された缶は沙羅にとってかなり熱かったらしくそのまま缶を落としてしまった。しかも缶の口が開いていたので中身がこぼれてしまったのである。
「沙羅ちゃん、大丈夫?……あっ」
こぼれた熱い飲み物はそこに立っていた女性、夜美の足にかかってしまったようだった。それを見つけた優吾は直ぐにハンカチを取り出し謝った。
「すみません、大丈夫でしたか?」
「ちょっと熱かったけど大丈夫よ。それよりそっちのお嬢ちゃんは火傷しなかった?」
夜美は怒った様子も無く、沙羅の目線の高さまで腰を下ろした。
「うん、だいじょうぶだよ。こぼしちゃってごめんなさい、おねえちゃん」
「いいのよ、気にしないで。私はこのお守りのおかげであまり怪我しないから」
そう言って胸ポケットから赤い宝石のペンダントを取り出した。
そこから放たれる神秘的な輝きに沙羅も優吾も魅了されていた。
「ちょっとお嬢ちゃん、危なっかしいからこのペンダントお嬢ちゃんにあげる」
「えっ?でも……」
「もしかして知らない人から物を貰っちゃいけないとか言われてるの?まあ、そんなのは気にしないで…ほら」
貰うのを戸惑っている沙羅に半ば強引に夜美はペンダントを沙羅の首にかけた。
「ふふ、よく似合ってるわよ。坊やもそう思うでしょ?」
不意に振られて優吾は戸惑ったが、沙羅を眺めて、とっても似合ってるよと笑顔で答えた。
優吾の台詞に沙羅も喜び微笑み、その光景に夜美も微笑んでいた。そうやって少し笑いあっていると撮影を終えた祐美がやってきた。
「お待たせ、沙羅、優吾君…ん?その人は?」
「あの、ちょっと飲み物をこぼしちゃって、それがこのお姉さんにかかっちゃって」
優吾はばつが悪そうに答えた。
それを聞くとすぐに祐美は夜美に謝罪を入れた。
「ご迷惑をおかけしました。大丈夫でしたでしょうか?」
「私はなんとも無かったから大丈夫よ。あら、貴方はもしかして祐里子さんの娘さん?」
「はい…沢木祐美です。母のお知り合いの方でしょうか?」
「ええ、祐里子さんは覚えてるか分からないけど、学校の保健室に勤めていたことがあってね、そのとき祐里子さんは会長で…色々なお話をしたわ。お友達の恋の悩みとかね」
あの頃は決められた運命も知らずただ抗おうとしているのだと思っていた。 でも、今なら私にも分かるかもしれない。 リリス様もその感情と言うものに酔いしれた意味が。
「そうか…祐里子さんの娘さんも子供を持つようになって…私もいい出会いって無いかしら?」
少し物思いに耽っている夜美を見て、祐美は礼が未来を占うことも出来る事を思い出した。
「あの、お詫びと言うわけではないですが占いが良く当たる人を知ってます。その人に占ってもらったらどうでしょうか?」
「そうねぇ、それじゃお願いしちゃおうかしら」
その答えを聞くと直ぐに礼を探し、夜美の前につれてきた。
「お話は聞きました。それじゃあ、占いをはじめますね。…我求むは刻の使者…我望むは刻の終焉…汝、未知の警鐘を打ち奏で給え」
礼の詠唱と共にネクロノミコンの一ページに炎が上がるとそのまま何かの文字を浮び上がらせる。
「そうですね…もうすぐですよ。早ければ今日明日中にあなたの探していたもののヒントが見つかります。そのヒントから導き出せるかはあなた次第ですけど」
「そうなんだ…じゃあ、私はその出会いを探しに行こうかしら。あんまり貴方達を独占してると他の人たちから恨まれそうですもんね」
カメラ小僧たちが集まってくるのを見て夜美は苦笑いしながら答えた。
「それじゃあね、沙羅ちゃん、優吾君。二人とも仲良くね」
「うん、おねえちゃん。ばいば〜い」
沙羅たちに見送られ夜美はそのまま人ごみの中に消えていった。
それからはまた沙羅たちは撮影依頼などをこなし無事イベントの終了を迎えた。
イベントの終了後祐樹は沙羅に宝石について訊ねたが沙羅は内緒と言って答えなかった。


………
……
あれから十数年の月日が流れたと思う。 あのあとも優吾とは交流を続けいつしか恋人と言う関係になっていた。
そして今日は何百回目のデートの日。 二人に自由な時間が訪れた日。
「…クスクス、優吾…今夜はクリスマスなのよ。すっかり忘れていたでしょう?」
「そうだっけ…ごめん…沙羅、この頃…仕事で手一杯だったから…」
悪戯に微笑む。 少しばつが悪そうに謝る優吾。
真面目で…仕事熱心で…優しくて…それでいて不器用で…そんな貴方を愛している私。
このあと貴方が答えることも大体分かる。
「これからプレゼント見に行こうか?」
ほら、やっぱり。プレゼントよりも何よりも私が欲しいものは…
「いいのよ…貴方が側にいてくれれば…ね」
不意に優吾の唇を奪う。 それに優吾はちょっと戸惑ったけど直ぐに深いキスで返してくれる。 幾万回目のキス…そんな私たちを赤い宝石が見守る。
そういえばあの宝石をくれた人は幸せになったのだろうか?
ふと、窓を目をやると雪で白く染まっている町並みと窓に反射しているちょっと不思議そうな顔をした優吾が見えた。
「どうした…沙羅?ぼぉっとして」
礼お姉ちゃんの占いは良くあたるからきっと幸せになったよね。
「ううん、なんでもない。……優吾、愛してる…」
再び優吾と激しいキスをかわす。
長い長い聖夜は更けていく。 雪はしんしんと降り注ぎ、街灯に照らされ輝いて恋人たちを照らし出していた。
そうあの恋人たちも…
……
「メリークリスマス…夜美…」
「ええ、メリークリスマス」


〜END〜




後書き

今回は掲示板でEND時のリリスの画像が祐美に似ているという話題からこの物語を書きました。
だいぶ前から完成させようと思っていたんですが別のゲームをやってるなどしてなかなか取り掛かって無くて(f;^^)、その後、Milkyway3本編で祐美たちの子供も出るということで先にこの話を完成させて変な違和感を感じないようにするためにこの時期に集中して仕上げました。
今回、時間軸としてはMilkyway2の祐美ENDから数年の経過後FAKEエピローグ(ラストのあれです)+αと言う形にしてみました。
初めての戦闘シーンを書くということもありかなりベタな感じになってます。
まだまだ書き手としては未熟ですがこれからも何かを書いていこうかと思います。
宜しかったら感想等を聞かせてもらえると幸いです。
ダメ出しするときはどう改善すれば良くなりそうか意見も添えてくれると嬉しいです。




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